2018.12.3.

高みを目指す意見を闘わせる、、

「このやり方でいけば、絶対に成功します」「この案のほうがうまくいきます」……

会議中に、こんなふうに論議が活発になるのは、よくあることです。

報告書を淡々と読むだけ、あるいはなんの意見も出てこない会議よりはマシですが、こういう論議の応戦が必ずしもいいわけではありません。

熱くなっているのは、自分のプランが採用されることを願っている者だけ。それも「自分のプランのほうがいかに相手のものより優れているか」という主張ですから、周りにいる人はしらけるばかりです。

論議とは、意見を闘わせること……。そう思っている人は多いですが、あまりにも皮相的な見方です。意見を闘わせるのは悪いことではないですが、もっと大事なことがあります。それは、目的を共有すること。

事業のやり方は、いくつもあります。Aさんがいいと思うやり方と、Bさんがいいと思うやり方が違うことは、十分にあり得ることです。それの優劣をつけることは、当事者にとっては大きな問題ではあっても、あまり意味がありません。

まず共有すべきは、その事業の目的です。その目的が共有されていないから、お互いに「こっちのやり方がいい」と主張することになります。

もし目的が共有されていたら、どのやり方が最適なのかは、ある程度のキャリアを積み重ねていれば、なんとなくでも分かるものです。たとえば、Aさんのやり方が最適だとすれば、Bさんにもそれは理解できるはずです。

「ここはAさんのやり方のほうがうまくいくと思う」
素直にそう表明できます。

それは、Bさんがその事業の目的を真に理解しているからできることです。そのうえで、「Aさんのやり方で最大限の効果を生むためにどうすればいいか」を論議していきます。

真の論議とは、目的を共有した者同士が最適なやり方で最大の効果を生むためにどうすればいいかという意見を銘々に展開していくこと。

より高みを目指し、そこに行け行き着けるように、意見を闘わせることがなければ、論議とは言えません。優劣をつけようとするのは、ただの主張のぶつけ合いです。

あなたは今日、仲間としっかり論議をしましたか。より高みを目指す意見を闘わせましたか?