ミスをしてオタオタしている後輩のフォローをした。あいまいな指示しか出さない上司に代わって、最適な行動を考えて実行した。誰も手を挙げようとしない面倒な作業を率先して行った……。
今日1日、あなたがこれらと似たようなことをしたとしたら、同情を禁じ得ません。「お疲れさまです」のひと言を、あなたに贈ります。
「なんで私ばかりこんな目に遭うのだろう……」
もしかしたら、そう思っているのかもしれません。本来は自分がやる必要もないことを放っておけなかったあなたには、こう言います。
「いいではないですか。どれもあなただからできることなんですから……」
別に私は気休めで言っているのではありません。厳然たる事実を指摘しているまでです。
あなたにすれば、本来はやらなくてもいいことまで引き受けてしまい、「割に合わない」と感じているのでしょうか。時間も手間も、ときにはお金さえも費やしたとしても、それは、違います。いずれはしっかり割に合うようになります。
自分がやる必要がないことに取り組んだとしたら、一時的には負担がかかります。自分がやるべき仕事にも支障が出て遅れてしまうから、割に合うようにはまったく見えません。
それでもフォローした後輩がいずれこちらの忙しいときに協力してくれたり、上司の代わりにとった行動が功を奏したり、誰もが避けることを率先している姿を役員が目撃してくれたりして、自分自身の知らないところであなたが評価されることは、十分にあります。
割に合わないと思っていることは、実は大きなプラスを生む可能性を秘めています。
割に合わないことがプラスをもたらすまでには、「時間差」が存在します。それは、忘れたころにやって来ます。
割に合わないことなど、この世にありません。時間差があるから、実感しにくくなっているだけのこと。いずれそれは、必ず返ってきます。
忘れたころにやって来るのは、天災だけではありません。もう1つのほうは、サプライズがあります。来てくれたときには、両手を広げて迎えたいものです。