つらいから、やめる。つらいけど、やめない……。
つらいときの過ごし方は人それぞれですが、そこに、その人の本質が垣間見えてしまうものです。あえてどう過ごすべきかを言うとしたら、こうなります。
「つらいから、やめない」
こう言うと、「間違いではないですか?」と指摘してきたり、「『ガマンしろ』ということですか?」と反論してきたりする人がいます。間違いでもないし、ガマンを強要しているわけでもありません。誤解を与えているので、もう少し説明します。
「つらいとき」とは、大まかに次の2つに分けることができます。それは、「自分ではどうにもできない状況」と「自分でなんとかできる状況」です。
前者は、自分では選ぶことができない環境を指します。たとえば、上司がパワハラをするとか、職場の待遇がよくないといった状況は、確かにつらいものがあります。
どんなに頑張っても。つらい状況を変えることは難しいし、1人の力では限界があります。こういうときは、ムリにガマンすることはありません。
取り返しのつかないダメージを負う前に、「やめる」という選択をするのは、十分にあり得ることです。決して「ガマンしろ」と言っているわけではありません。
後者は、自分で改善できる環境を指します。自分の志望とは異なる職場に配属されたときや新しいことにチャレンンジするときが、該当します。
慣れないことや覚えなければならないことがたくさんあり、それらをすべて自分1人で吸収しなければなりません。
周りがベテランや実力者ばかりだと、自分の存在をふがいなく感じてしまうものです。毎日が針のむしろ。つらい日々が続きます。
この状況を変えることができるのは、自分自身。慣れないこと、覚えなければならないことを1日も早く、なおかつほかの人の何倍のスピードで自分のものにしていきます。
それしかつらさを克服する方法がないのも、事実です。つらいからと言って、やめるのは自由ですが、それをしたら自分自身を成長させることができません。
結局のところ、誰にでもあるつらいときは、やめるのもやめないのも自由。自分自身が決めます。最後に、「つらいから、やめない」という文章をこう補足しておきます。
「つらいから、やめるのは、自分の力ではどうしようもないときに限る。自分が成長すれば、そのつらさを克服できるのなら、やめないほうがいい」