「言ってくれれば手伝ったのに」「なんで言ってくれなかったの」「相談してくれればよかったのに」……
身の回りの誰かが困ったり苦しかったりしたときに、そう言って相手を諭す人がいます。いかにも親切そうにふるまっていますが、そうでもありません。むしろその逆です。その人の一言一句を聞いていると、相手を思う気持ちなど微塵もありません。
本当に手を差し伸べるつもりがあるのなら、もっと早くやっていたはずです。相手が困ったり苦しかったりしているのが誰の目にも明らかになってから、そういう態度をとるのは、傍観者と同じです。
相手がこの人に自らの苦境を伝えなかったのは、「迷惑をかけたくない」という気持ちもありますが、それ以上に大きいのは、「何もしてくれない」と分かっているからです。「困っています」「苦しいです」と言ったところで、こういう人は「なんとかしてあげたいけど、私にできることはないわ」と、かかわりを持とうとしません。「言ってもムダ」だから、何も伝えなかっただけのことです。
誰かが困ったり苦しかったりしているとすれば、言葉でハッキリ伝えなくても、なんとなく分かるものです。自ら言い出すときは、すでにどうにもならない最悪のとき。その時点で、周りの人が何かしようとしても、打つ手はほとんどなし。
だからこそ言い出す前に周りの人が気づいて、できることを少しでもやっていくべきです。最悪の状況になる前なら、打つ手はまだあります。周りの人が手分けして、できる範囲でやっていけば、ひと息つけるくらいにまで回復するものです。
困ったり苦しかったりする人が言い出す前に、「どうしたの?」と寄り添いながら聞いていって、一緒に事態を打開していく――。それが、親切というものです。そうした親切心を身の回りの人はもちろん、誰に対しても持ちたいものです。
傍観者とは、誰かが困ったり苦しかったりしているときにトバッチリを受けそうだからと言って、一切かかわろうとしない人です。一緒に事態を打開するつもりもないし、相手のために自分がソンをするようなこともしません。
そのくせ「イヤな人」だと思われたくないから、心配したり親身になったりするフリをします。一種の「偽善者」と言ってもいい存在で、こういう大人になったとしたら恥ずかしい限りです。
(朝の独り言⭐️)
今朝、クリニックの庭にリス🐿が!^_^ 二匹いました。写真を撮ろうとカメラを向けると動きが早くなかなか撮影が難しかったです。それでも そこは腕の見せどころ^_^ まあまあ上手く撮れたのでシェアします。可愛い💕ですよね。心が和みます😊