楽しくも知的刺激を満たしてくれる人に会ったとき、誰もが「また会いたいなぁ」と思うものです。あなたも、そういう魅力的な人物に会っているに違いありません。
「また会いたいなぁ」……
そんなふうに感じているときは、その人とのやりとりや会話の一部始終を思い出しています。それは、余韻に浸っているということ。
一緒に過ごしていた時間が楽しければ楽しいほど、知的刺激が強ければ強いほど、余韻が残ります。それは、一種の夢見心地です。
余韻とは、過ごしていた時間の感動をあとになって再び味わうこと。もう少しやさしく言うと、振り返りや記憶の再生。
これは、人だけでなく、芝居やアートなどの芸術、スポーツ、イベントなどにも当てはまります。余韻があるのは自分の中に感動があったということですから、充実した時間を過ごしていたのは、間違いありません。得るものもたくさんあります。
だからと言って、いつまでも浸っているのも、問題です。必要以上に浸っているのは、時間をムダにしていることになります。いつまでも余韻に浸って、「何をやっているんだか……」と、あきれられる人は、このタイプです。
得た感動をただ味わうだけでは、ちょっともったいないです。時間をムダにしない、いい余韻の活かし方があります。
やる気やエネルギーを充填する――。それが、余韻のいい活かし方です。
魅力的な人に会った。いい芝居や素敵なアートを見た。スポーツやイベントで鳥肌が立った――。その感動を、そのままやる気やエネルギーに変えていきます。
そのポイントは、自分自身がその「感動を生み出せる人間になろう」と思うこと。
人がしたことで感動するのではなく、自分が成し遂げたことで鳥肌が立つ――。
余韻の客体から主体に変わることで、感動を味わっている最中に居ても立っても居られなくなって行動を開始します。このように余韻を活かしていけば、時間をムダにすることもなくなります。
やる気やエネルギーが湧いてきて、行動をあと押ししてくれるような余韻の浸り方をしていきたいものです。
あなたは今日、いい余韻に浸っていましたか。味わった感動をやる気やエネルギーに変えることができましたか?
(朝の独り言☆)
オリンピックを観ていますと、本当に予期しないことが起きるなという感想です。選手は、全てを受け入れての結果になると思いますから、精神面もかなり鍛えていることでしょう。
昨日は、インプラント手術でしたが、基本的に不安なく全ての出来事は対応などしっかりして行いました。
スポーツのように予期しないことはないですし、仮にそうだとしてそのような状況でも どのように乗り切るかの準備をしっかりします。どのようなことにも完璧ということは存在しないのかもしれませんが、全身全霊で望み 悔いないことが一番大切だと思います。オリンピックには、結果に関係なく感動があります。