あなた自身も、言ったことも言われたこともあるのではないでしょうか。
部分的なことばかり気にしてしまい、全体を見渡そうとしないのは、確かにいいことではありません。こういうことをしていては、クオリティーを高めることばかりに気を取られて、肝心の納期に間に合わないということになりかねません。
納期に間に合わなければ元も子もないので、森を見ることを優先する……。それは、納期を守ることを優先してクオリティーアップを断念することです。
「木を見ずして森を見る」ことを追求すると、そうならざるを得ません。それがいいか悪いかは、判断が分かれるところです。
もっとも、「木を見る」ことが一方的な悪者にされる理由もありません。もっと言えば、効用もあります。それは、あまりにも全体が大きすぎて把握できないときです。
たとえば、何年にもまたがるビッグプロジェクトを手がけていくとき。完成まで数年を要するとすれば、なかなか全貌を把握できません。これでは大きすぎて、「森を見る」こと自体が困難です。ゴールが遠すぎるために、モチベーションを維持しにくくなります。
こういうときは「森を見る」より「木を見る」ようにします。
「今日はここまで」「今週はここまで」と、部分に着目して、全体の何十分の一、何百分の一に集中していきます。「森を見る」ことをやめてしまいます。
何十日、数百日と「木を見る」ことだけを続けていくと、進捗していることが分かってきます。
そのときに「こういうことをやっていたんだな」という全体がようやく把握できるようになります。
ここから「森を見る」ようにしても、決して「遅い」ということはありません。
「木を見る」ことと「森を見る」ことの両立は、なかなか難しいことです。熟練した人でなければ、まず両立はできません。多くの人にとって、「ゼロサム」に陥りがちです。
「木を見る」ことは、悪いことではありません。ゴールが遠いときは、木だけを見ているとココロが軽くなって、速く進めるようになります。「木を見て森を見ず」をしてもいいときはあるのです。
(朝の独り言☆)
7月セミナーのタイトルは、
『NEO SYNCHRONICITY』に決定しました。近日、フォレストメルマガで公開されます。今回からは、フォレストプロジェクトチームがさらに強化されました。今後の展開を楽しみにしていて下さい。