何かをするときには、あってはならないことや起こってほしくないことが現実にならないように、あらかじめ対策を立てます。その対策は、「転ばぬ先の杖」です。
もっとも、コスト面から考えれば、費用対効果に見合うかどうか分からないので、削減されやすい側面もあります。そういう風潮があるのは、ゆゆしきことです。
望ましくないことが起こらないように、事前にしっかり対策を立てること――。それが、「防止」です。
たとえコストアップの要因になるとしても、決して疎かにしていいことではありません。
そんなことをすれば、あってはならないことや起こってほしくないことが現実になったとき、大きなツケを払わされます。
どれくらいやればいいのかが事前にはまったく分からないだけに、悩ましいのも事実。コストを度外視して青天井にすればいいのかと言うと、それもまた違います。
唯一参考になるとすれば、過去の似たようなデータです。「これしか対策を立てていなかったから、被害が出た」「これだけやったから、なんとか被害を受けずに済んだ」の両方を分析・研究し、あるべき防止のあり方を追求します。
そのうえで過去に被害を受けずに済んだ対策の3割から5割増くらいにする――。それが、現状での考えられ得る防止策になります。
「そこまでやらなくてもいいよ」「いくらなんでもやりすぎだよ」……
必ず聞こえてくるそういう声に影響されて、「そこまでやることもないかな」と折れてしまっては、防止になりません。
その声を聞いてしまえば、あとで「これしか対策を立てていなかったから、被害が出た」という無念の思いをすることになります。
対策が適正だったかどうかは、実際になんらかの望ましくない事態が起こって、その被害を受けずに済んだとき。「未来のいつか」にならなければ、正当性が担保されないのは歯がゆいことしきりです。
だからこそ「やっていることは正しい」という自分自身を信じる気持ちが必要です。
正しいと思うことは毅然としてやる――。防止には、そういう側面があります。それなしには、防止などできません。
あなたは今日、毅然として何かを防止しましたか。望ましくないことが起こらないような対策を立てましたか?