2016.7.8.

評価は求めるものではない・・・

人間には誰しも「承認欲求」があります。自分のやったことはきちんと正当に評価されたいと思うのは当たり前です。特に真面目に一生懸命コツコツと頑張ってきた人なら、なおさらその気持ちが強くなります。
そうは言っても、評価されることを目的とするのはよくありません。評価とは、あとからついてくるものです。最初から求めてしまっては、道を踏み外しかねません。
評価の対象はいろいろありますが、最も目につきやすいのは、「結果」です。結果を出せば高い評価につながっていくので、多くの人が短兵急にそれを求めるようになります。
結果を出すために、誰かを犠牲にする。あるいは自分自身の気持ちとは正反対のことをしたり、健康を害するまで頑張ったりしてしまう……。
ムリにムリを重ねて結果を出して、評価を勝ち得たとしても、そのために自分や誰かを苦しめるとしたら、評価自体が色あせてしまいます。それは、本当に自分自身が求めていたものなのでしょうか。
「ない」よりは「ある」ほうがいいですから、評価を「求めてはいけない」とまでは言いません。とはいえ、「求めない」ほうがいいものではあります。
あとからついてくるものだとしたら、どうやって手に入れるべきかと言うと、答えはただ1つです。いつでもどこでもどんなときでも、自分自身のベスト尽くすことです。
結果が出る・出ないにかかわらず、常にベストを尽くす。そうした人が、評価されやすいし、信頼もされます。
結果が出ないのに、評価される――。こう言うと、「そんなおかしなことはない」と反論する人もいますが、短絡的すぎます。
結果は出るほうがいいに決まっていますが、出ないこともあります。それでもいつもベストを尽くしていれば、結果が出やすくなるのも事実です。
いつもベストを尽くす人が評価されやすいのは、その「生きざま」が一貫しているからです。結果が出そうになくても、手を抜かない。結果が出そうなときでも、出し惜しみしない。
その一貫した姿勢が、共感を集めます。結果を出せば、多くの人が喜んでくれます。
常にベストを尽くす。それを続けている限り、必ず評価されるようになります。また結果も出るようになっていきます。
(朝の独り言☆)
明日は、いよいよ日経ホールでの講演会です。明日は、雨のようですが、会場でお待ちしています。最高の時間にできるように、頑張ります。評価の対象はいろいろありますが、最も目につきやすいのは、「結果」です。結果を出せば高い評価につながっていくので、多くの人が短兵急にそれを求めるようになります。
結果を出すために、誰かを犠牲にする。あるいは自分自身の気持ちとは正反対のことをしたり、健康を害するまで頑張ったりしてしまう……。
ムリにムリを重ねて結果を出して、評価を勝ち得たとしても、そのために自分や誰かを苦しめるとしたら、評価自体が色あせてしまいます。それは、本当に自分自身が求めていたものなのでしょうか。
「ない」よりは「ある」ほうがいいですから、評価を「求めてはいけない」とまでは言いません。とはいえ、「求めない」ほうがいいものではあります。
あとからついてくるものだとしたら、どうやって手に入れるべきかと言うと、答えはただ1つです。いつでもどこでもどんなときでも、自分自身のベスト尽くすことです。
結果が出る・出ないにかかわらず、常にベストを尽くす。そうした人が、評価されやすいし、信頼もされます。
結果が出ないのに、評価される――。こう言うと、「そんなおかしなことはない」と反論する人もいますが、短絡的すぎます。
結果は出るほうがいいに決まっていますが、出ないこともあります。それでもいつもベストを尽くしていれば、結果が出やすくなるのも事実です。
いつもベストを尽くす人が評価されやすいのは、その「生きざま」が一貫しているからです。結果が出そうになくても、手を抜かない。結果が出そうなときでも、出し惜しみしない。
その一貫した姿勢が、共感を集めます。結果を出せば、多くの人が喜んでくれます。
常にベストを尽くす。それを続けている限り、必ず評価されるようになります。また結果も出るようになっていきます。
(朝の独り言☆)
明日は、いよいよ日経ホールでの講演会です。明日は、雨のようですが、会場でお待ちしています。最高の時間にできるように、頑張ります。